夢は劇場で見る

愉快なオタクブログにしたい

トランス感想とかとか。

先日11/12に本田さん主演のトランスが千秋楽を迎えました。 今回はその感想を書こうと思いますが、内容が内容なので考察もどき気味になるかもしれません。あと容赦ないネタバレあるので気をつけてくださいまじで責任は取れません。

いつも通り見てない人にはわけのわからんことになりそうなのでそれだけご理解下さい。

事前の告知や宣伝で「逃げ場のない小劇場」と書かれていた本作。

会場は新宿THEATER BRATSでした。 正確なキャパは把握していませんが、ロビーには定員70名って書いてあったかな。

小劇場、ストレート、三人芝居、つかさんに師事した方の演出ということで合わなければめちゃくちゃしんどい思いをすることになりそうだなぁと思いながら初日を迎えましたが杞憂でした!

めっっっっちゃくちゃ面白かった〜!!!!

踊る本田さんも大好きなんですけどやっぱり芝居が好きなんですよねぇ… とはいえ、今回実は今までほど「本田さん」に注力して見たつもりもないんですよね。

定点モンなので最初は本田さん定点するつもりだったんですけど、ストーリーを追ううちに「本田さんのお芝居」を見てるっていうよりも、役の表情の変化やちょっとした仕草、各役の関係などを追うのに集中してました。

今までだと例えば、「この役の心情はきっとこうだけど、本田さんのこのお芝居はこういう風にその心情と繋げてきてるのだろうか」とかそういう風に見てたんですけど、今回はストレートに「この人(役)は今何を考えてる?」って作品世界にめちゃくちゃ集中させられました。

んなもんで、手紙の内容もいつもとかなり毛色が変わりましたね…ひたすら作品解釈書きなぐってました…ブログでやれ…

あらすじとしてフライヤーの内容を拝借すると 「フリーライターの雅人。精神科医の礼子。おかまの参三。3人は高校の同級生。何年かぶりに雅人が礼子の病院を訪ねたところから、再び交わる3人の人生。離人症にかかった雅人は、ときおり意識が天皇に変貌してしまう。偶然出逢った参三は、そんな雅人を献身的に支え、愛していく。動揺しながらも、冷静に医者として、できる限りの対処をする礼子。「自分が自分でないような感覚。-TRANS-。」それは、雅人だけではなく、もしかすると礼子自身そうかもしれず、参三にすら起こりうる事かも知れない…。」 となります。

本田さんが演じるのは離人症を患う立原雅人なんですけど、

いや、立原雅人なのか?

っていうか立原雅人って誰なんだ?

立原雅人って存在するのか?

本田さんって何役なんだ?

ってところに落ち着きます(落ち着いてない)

あっ、脚本は鴻上さんの戯曲「トランス」で、他にも上演されたことがあるようなのですが、私が見たのは今回が初めてなのでこの作品についてのみ言及しますね〜

なんでこんな混乱してるのかって言うとですね、めっちゃ無粋なのでオチだけいいます。

終盤、雅人を別の病院に移すことになり、その事について話す礼子と参三。 2人は高校時代に3人が別れることになった出来事についてはなします。 その様子は、モラトリアムから抜け出そう、一つ先へ進もうという、いかにも高校生らしい、若々しく、青臭いやり取りによって表現されます。 この高校時代の3人の人生が交差し、病気の雅人を通じて友情と愛情を繋いでいくオチかと思いきや。

ひとり、客席に立つ本田さんが

パンッ

と手をたたき、こう告げます。

「さぁ、今日はここまで。2人とも、薬の時間ですよ。」

物語の佳境シーンでは、錯乱する礼子に向かって雅人が医者として「それはあなたの妄想です」と告げ、医者として礼子と向き合う雅人に向かって参三が「それはあなたの妄想です」と告げ、医者として2人を見守りたいと話す参三に向け礼子と雅人は「それはあなたの妄想です」と告げ。

物語のラスト。3人は声を揃えて語ります。 「私の愛する人は、精神を病んでいます。」 「それでも、私は幸せです。」

ここでは端的に書いていますが、実際の展開は実に巧妙で、誰かの目線では整合が取れていた話を妄想と否定し、また別の目線で整合が取れた話を上書きしてきます。そんなことが何度も繰り返されます。

初見時の感想は極上文學シリーズのドグラマグラとか藪の中みたいだなと思いました。

結局、誰が患者で、誰が医者なのか。 作中、明らかに「ここからここまではこの人の妄想」と表現される部分の他に、明言されていないものの、恐らくいままでの配役と違う何かを演じていると目に見えて分かる所とあります。 後者に関しては本田さん演じる雅人がキーパーソンですね。 大学時代(=雅人、参三と別れてから)新興宗教にハマり廃人寸前まで追い込まれた時の様子を語る礼子。それを聞く雅人の様子はどう見てもいままでの気弱な男ではなく、立ち居振る舞い、表情、声音、全てが雅人のそれではありませんでした。(身内では暗転の間に作画が変わってる…と話してました) つまり、ここでの雅人は医者である、と取れるのですが、話し終わった礼子と雅人はそのまま医者と患者の関係に戻ります。 まるでさっきまでの雅人の様子が、夢中になって、空中に何かを見るように語る礼子の様子が気のせいだったように。

まぁ作中色んな伏線がばらまかれてて、それを一切回収しないタイプの脚本なので苦手な人は本当に苦手なストーリーだと思う…

私も基本には全部収束させたいタイプなので拾えるだけの伏線は拾って繋ぎ合わせる作業に夢中になりました。 (夢中になりすぎて息抜き的なギャグパート(本田さんがくっそつまらんギャグを飛ばすシーン(例:ずっとベッドで寝てるのもしんだいなぁ〜))真顔だったりしましたけど) (いやでもやっぱ思い出してもくっそつまらんわ…ダダ滑りにも関わらずドヤ顔決めまくる雅人(この時は天皇の人格)が可愛すぎて脳みそは溶けていた)(そういうパートだと思うからこの感性は間違ってないはず)

メモがわりに拾った伏線の一部と私なりの結論だけ書いとこう

考察大好きフォロワー様方の内容とかも反映してたりするからパクリって怒らないで!ごめん! 気になるところとかあったらお題箱とかからでも意見ください!まじで!煽りとかじゃなく!正直煮詰まってる!助けて!

・「立原雅人」は存在しない →学生時代、作中現代含め、礼子と参三が「立原雅人」として会話をしている相手は存在しない。

・本田さんは医者 →礼子と参三の担当医。

・礼子のお腹の子の父親は担当医ではない →礼子が入院した経緯としてはセックスを悪とする教義を掲げる宗教内で何かしらのペナルティとして信者に強姦され出来た子供では。結果として精神を病み入院、お腹の子の父親を担当医と思い込むことで逃げ道を作った。礼子に自分が父親だと告げる担当医についてもその後参三によりそれは妄想だと否定されているため。

・礼子と参三が「立原雅人」を生んだ理由 →それぞれが自分が愛情を向ける、あるいは依存する先として必要だったから。礼子と参三の接点については掘り下げて考えてないです。利害が一致したとかなんかなぁ…この考えに至った時点でこの作品に対するもっと大枠の解釈が自分の中で決まっちゃったからあんま深く考えてないや…それは追々。

・作中、2人が「立原雅人」としている会話は全て歪曲された担当医との会話。 →要は現実で医者と患者として行っている会話をフィルターを通して雅人との会話として受け取っている。患者2人の心象風景を見せられてる。患者のメンタル、あるいはそのフィルターを通した世界を暴こうとする会話内容(恐らくは担当医と患者としての会話における担当医側かのアプローチ)について、雅人のフィルターが剥がれ医者としての顔が見え隠れするため。病院の屋上のシーンにて、穏やかに流れる時間に高校時代を懐かしむ参三が「これこそが妄想なのかもしれない」と語る、その奥で、雅人は完全に後ろを向き、観客にも2人にもその表情は見えず、ただ、頭は気持ち2人の方に傾けられている=医者として患者2人の会話を聞いている

・舞台と客席 →舞台で行われるのは全て礼子と参三の妄想。理由としては、客席演出もある本作ではあるが、そのうち客席に出てくるのは本田さんのみであること。1回目は開演。2回目は「現実と妄想の境界線」と語られる屋上でのシーン。3回目は高校時代の別離の様子を描くシーンからの、医者として「さぁ、今日はここまで。」と告げるシーン。ストーリー構成を考えると、そのどれもが「立原雅人」として現れておらず、担当医としてのポジショニングが強いので、舞台上の出来事は2人の妄想で客席側はそれを観る(あるいは診る)側の視点なのかなと

・参三の狂気、あるいは愛 →礼子との会話のシーンで、雅人を自宅療養にしたいと語る参三。「もう天皇の雅人でいいの、お願いよ礼子」と語る彼を、最初は献身的に雅人を想ってるのかと思った。しかし、よくよく考えれば参三は雅人の人格はいらないと言っている。「自分が献身的に尽くせる相手」また、後の展開を追えば「尽くした分愛情を返してくれるはずの存在」としてしか「立原雅人」を捉えていない。 「立原雅人」は存在しないとしたのもこの辺りが関係してます。あまりにも思いが一方通行すぎるんですよね。立原雅人の一部として愛するのではなく別物として「これでいい」と言い献身的に支える様子はそれでも確かに彼にとっては愛情だったのでしょう。

・礼子の狂気、あるいは愛 →こちらはさらに狂ってる。 終盤、誰が患者で誰が医者なのか、といったシーンの中で、礼子が医者、雅人が患者のポジションのシーンがあります。その中で「自分のやりたいことが分からない」「治療をして、天皇の人格が現れなくなったところで元の何も無い自分に戻るだけじゃないのか」と半狂乱で叫ぶ雅人に向かって礼子は告げます。「何かになればいい!」「何もない自分なんか脱ぎ捨てて、あなたは何かになればいいの」医者として、患者を励ます言葉と取れなくもないです。 ただ、その中に混ざる 「あなたは雅人よ!掛け替えのない、たった1人の雅人なの!」「大丈夫!私が側にいるもの!」この辺りが大変不穏… このシーンについては、全て礼子の願望あるいは心象風景だと思ってるんですけど、 その中で彼女は「立原雅人」をここまで追い詰める。(要はこのシーンの出来事は礼子の脳内妄想ですから、雅人が発狂するところまで含めて礼子によって作られたシーンという解釈です。)そうして追い詰めた男に向かって「大丈夫」「私がいるもの」って…自分がないと、自分は不安そのものなのだと慟哭する男に、語る彼女の言葉は、「立原雅人」を「自分をより必要とする存在」として再定義しているように見えました…これに気づいたのは2,3公演見た後なのですが、こういう意識で見るとまじであのシーン怖い…その後、「彼の苦しむ寝息は、私にとっては新しい自分を喜ぶファンファーレのようにも聞こえました」的なことを独白するんですけど…いや、まじで一番狂ってるのは礼子だと思う…

・別人格が天皇の理由 →2人が「自分が何者にもなれないと怯える男」を必要とした結果、そこから生み出される人格としては「個を持たない象徴」っていうのはなるほど納得かな〜と…そもそも2人とも「立原雅人」に自我なんか求めてないですもんね…

とりあえず思い出せた範囲でこんなもんでしょうか。 色々個人的にもっと詳しくそれぞれ繋がるシーンや役者の芝居とかもあるんですがまぁ細かく書いてるとキリがないので…伏せてる訳では無いので聞かれたら答えます。解釈談義しよ…

っていうか、そもそも論、雅人が離人症っていうのは盛大なミスリードだと思ってるんですよね…雅人は離人症に「なった」のではなく「させられた」と捉えているので… で、雅人の存在自体が妄想だと思ってますので、むしろ現実と理想の乖離から分離してるのは礼子と参三だし、その2人は自分の世界のために担当医を立原雅人と分裂させてるわけで… で、色々書き連ねましたが、個人的にこの作品から受け取ったところは真実の有り様かなぁと。

冒頭、恐らくは担当医に向けて雅人との再開の様子を語り始める礼子は 「事実ではなく解釈だけが存在すると歌った古い歌がありました」と語ります。

要はそういうことなんだと思いました。

ある出来事について、確実に起きた事象を描かずに、誰かの視点で持ってのみ描写され続けたのがこのトランスという作品だと私は解釈しています。

描かれている3人の語る内容はいずれも「彼らにとっての真実」に他ならず、 「他の誰かにとって真実かどうか」は問題ではない。 つまりさっきまでのぐだぐだした解釈は意味がないとも言えます!(本末転倒)

だから、雅人が礼子の妄想の中で震えながら不安を爆発させるのも、参三の妄想の中でライターになりたい理由が言えずに混乱する様子も、全て「真実」なんだなぁと

結局のところ誰が患者で、誰が医者で、誰のいうことが本当なのか、どこまでが妄想なのか。それらは問題じゃないのか、と思いました。思考の放棄とも言えますが、私個人としてはここに至るまでに私なりにかなり考えたので、自分が出した結論に納得してます。

だから、本田さんは何役なんだろうって悶々と考えてたのも割と落ち着くところに落ち着けられました。

名前を付けるなら「立原雅人役」。

「立原雅人」は概念であり、解釈であり、真実である。

立原雅人は存在しないの解釈に落ち着いてしまった直後の公演に入るのめっちゃ不安だったんですよね。 要は劇中劇みたいなもんだよな、って思ってて、俯瞰でみてるって理解しちゃうと、芝居による感情表現をどこか冷めた目で見ちゃうんじゃないかな〜って…

そしたらそんなこと全然なくて。

最初の2公演位までは「本田さんのお芝居」を見ることに尽力してたことやストーリーを自分の中で落ち着けられていなかったこともあり、ここの芝居は…とか考えながら見ちゃってたんですけど、気づけば作品そのものに惹き込まれて役の向こうに本田さんを見るんじゃなくて、本当に目の前で起こる出来事に凄く集中してました。

私の中の作品解釈が自分なりに落ち着いてきたこともあると思いますが、本田さんのお芝居そのものも変わってきてたんだろうなあって今になると思います。今回はそこあまり意識しないで見てたんで多分ですけど…

こないだの写真集イベで、本田さん、 「本田礼生って先入観無しに見てもらえる役者になりたい」 って言ってたんですよ。 それ聞いた時は

「あー…でもごめん私は本田さんのオタクだからこの先もずっと本田さんのお芝居として見てしまうわ…」

とか思ったんですよね。 いや、役者推しの人は分かるよねこの感覚!? そこに関しては私の作品の見方の問題だから、例え推しの言うことでも変えるつもりないし、意識的に変えられるものでもないな〜って。

そしたらですよ。

もうさっそく。

写真集イベ直後の本公演1発目で。これです。

目の前の演者が本田さんであることをここまで意識しなかったのは初めてでした。 作品解釈に夢中だったのもあるにはあると思います。 でも、作品そのものに惹き込まれてたのはやっぱり役者の魅せる芝居によるものだよなぁって…

さらに、劇中劇的に冷めた目で見てしまわないだろうかって心配していたことも、全くの杞憂で。

舞台上で葛藤し続ける「立原雅人」は確かに存在していて、その葛藤は確かに真実で、怖いほどに現実で…ぞっとするくらいに…

こんなありきたりな事言うのも恥ずかしいんですけど、確かに「立原雅人」は舞台上で生きていた。目の前の彼の苦悩は確かに現実として私の目にはうつりました。

この表現、よく使われるなーって思ってたし、私もよく手紙とか感想とかで使ってましたけど、ああ、こういうことかって思いました。初めて本質を理解した。

ところで、今回、パンフレットの座談会で、すっっっごい気になる事が書いてあって。

「本田さんのファンの方がたくさん見てくれるんだと思う。そんな本田さんのファンの方にも、本田さんかっこよかったな、かわいかったなだけじゃなく、何かを持って帰ってもらえるような作品にしたい」 (あえて原文ではなく意訳としています。)

これ読んだ時まじで涙が出ました。

こんな悔しいこと言われることってあります!?

Twitterでもだいぶ荒れました。フォロワー様お騒がせしました…

私個人としては、ファンをイケメン好きのミーハーだと思うのは構わないんです。

ただ、「そういうファンに支えられてる役者」と思われるのが本当に涙が出るほど悔しかった。

発言した方に悪意はなかったんだと思うし、ほかの方も「イケメン」とか「2.5」とか、自分と本田さんを線引きするような言い回しが無かったでもない。 悪意があった訳じゃないのは分かってるし、発言者について、本当に素敵な作品を届けてくれた感謝こそあれ、恨みつらみのような感情は全くないです。これは本心。 いままでの仕事の経歴的に、そう言われるのも正直分かる。

でも。

私が本田さんを好きなのは決して顔が良いからではないし、本田さんのお芝居が好きで、役者の仕事に対する姿勢が好きで、舞台上で生きてる姿が好きで。本田さんが真剣に向き合って作り上げた作品に、役に、何も思わない、思わされない訳がないじゃないですか。そういう役者だから好きになったんです。

こんなあんぽんたんでもしっかりたくさんのことを考えさせてくれる役者なんです。そういうものを届けてくれる素敵な俳優さんなんです。

どうしても今の若手俳優はそういう見方をされるのも分かってたつもりでした。 甘かった。 全然分かってなかった。本当に悔しい。

写真集イベで本田さん、「ストレートをやると2.5との違いってどうですか?とか聞かれたりするんですけどあれ僕嫌いなんですよね。2.5かそうじゃないかで線引きしてないので。」って仰ってて。

今思うと、ああ、多分この事だったのかなって思います。本当のところは分かんないですけどね。

でも少なくともそういう役者なのは舞台上の本田さん見てれば嫌という程分かります。

こういう時、ファンってなんも出来ないなって本当に悔しかった。

それでも、今回また新しいお芝居を見せてもらったし、この人ならそんなこと言われなくなる日も遠くはないはずって思わせてもらいました。本当に。

たかが1ファンがこんなこと思うことすら烏滸がましいのは充分理解してはいますが、それでも、何が出来ることはないかと思って、滅多に書かないアンケートを毎回書いたりもしてみました。意味があるのかは正直分かりません。

なんか、便宜上推しってよく使いますけど、正直推してるって言えるほどのことは私は出来てません。ガッツではないですし。好きなものに対価を支払ってるだけです。

だから、俳優本人についても、線引きしてあっちはあっち、こっちはこっちで好きにやる、くらいのスタンスだったんですけど。だから推しのために〜!みたいな気持ちはそんなに無かったんですよね今まで。

今回の件は本当に本田さんのために出来ることないの!?って真剣に考えたりもしましたけど、そういうのって結局本田さんがこれからどうしていくかでしかなくて、やっぱりファンはどうにも出来なくて。

それでも写真集イベでの様子や今回の公演の様子とかを見ていると本人は「若手俳優」「人気のイケメン」として消費されていくつもりは無いんだろうな、って思ってるので、私はこれからもまったり好きにオタクやるんだろうなぁって。

あっやばいオチがない。

でも今回本当に色んなこと考えさせられましたし、もはや私の意識改革すら起こす芝居を見せてもらったので、やっぱこの人すごい役者だなぁって改めて思いました。(作文)

やっぱり今回もとっちらかった内容になりましたが、とりあえず書きたいことは書いたのでこの辺りで失礼したいと思います!

何かあればコメントかお題箱にでもください。 https://odaibako.net/u/suica54321

それでは、皆様も良い推し事を!